当店に向かって左側にあるのが、平成2年に完成した土蔵作りの光久蔵です。
1階は10坪の冷蔵保管庫(5度)になっており、漆喰の白い外壁一面に秋山厳先生の、
「ゆうぜんとして ほろ酔へば 雑草そよぐ」
の句が描かれており、これは銘酒「梅錦光久」のラベルにもなっています。
その前には山頭火翁が昭和9年2月21日に小城満睦先生(剣道九段)の家に訪ねて来られた時に詠まれた
「訪ねて逢へて 赤ん坊 生まれてゐた」
の句碑が立っています。(書は書家でカメラマンでもある四宮佑次氏)

2階は山頭火翁の師「萩原井泉水」氏の書、防府護国寺の住職「橋本隆道」氏の書、「秋山厳」先生の色紙板画などを展示しており、全国の地酒ファン交流の場になっています。
「光久蔵」の名は東京池袋にあった地酒の先達として有名な、甲州屋酒店の児玉光久氏(昭和63年没)の名から頂いた名前です。児玉光久氏の詳しいエピソードにつきましては、高瀬斎先生の漫画「光久物語」((株)フルネット)や、尾瀬あきら先生の漫画「夏子の酒」八巻(講談社)に描かれておりますので、是非一度御覧下さい。昭和54年に地酒に目覚めた私が、最初に聞いた名前が児玉光久さんの名前であこがれの人でした。今でも最初に出会った京都の場面が、走馬燈のように思い出されます。 氏は私より一才年下でしたが、何故か意気投合し、夜12時頃になると毎晩電話を掛け合って時を忘れて話したのが、まるで昨日の様です。その頃甲州屋酒店は池袋にあり、20坪の店で私達が行っても「泊まらせる事も出来ないから、ビルを建てて泊まれる部屋を造る」と生前おっしゃっていたのですが、それが出来ないまま昭和63年43歳の若さで亡くなりました。彼の名前を忘れない為、生前彼がオリジナル酒を作ろうと計画していた愛媛の蔵元梅錦さんに御願いに上がり、全国の3人の仲間と共に純米吟醸「梅錦光久」を発売させて頂きました。(「光久蔵」の字は埼玉の神亀酒造、小川原良征氏に書いて頂きました。)


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